大阪高等裁判所 昭和50年(く)41号 決定 1975年8月07日
少年 G・S(昭三四・六・四生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨は、附添人折田泰宏作成の抗告申立書記載のとおりであり、要するに、一、原決定は罪となるべき事実の3として、少年は自動二輪車を運転し・未必的殺意をもつて交通取締中の警察官○向○太○の身体中心部を轢過し同人に対して骨盤強打を負わせ、頭部及び骨盤強打による脳浮腫及び失血により死亡させた旨認定しているが、被害者は少年に先行するAの運転する自動二輪車に激突され対向車道に停止していた普通乗用自動車に激突し、そのためすでに即死しており、少年が轢過したときにはすでに生体ではなかつたから殺人罪は成立しない、かりに少年が轢過したときに被害者がなお生存していたとしても少年が轢過したのは被害者の腹部であるから右轢過行為が被害者の死亡という結果を助長促進したとは認められず少年の行為と被害者の死亡とは因果関係がない、またかりに因果関係があるとしても少年には未必的殺意はなかつたものであり、これらの点につき原決定には重大な事実誤認がある、二、少年に対しては在宅処遇の可能性があるのにもかかわらず、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。
そこでまず、事実誤認の主張について検討するに、少年保護事件記録中の関係各資料によると、原決定の認定事実、ことに少年運転の自動二輪車によりいまだ生存中の被害者を轢過し、その結果被害者が死亡するに至つたこと及び少年が右の所為に出るに際し未必的殺意があつたことを十分認めることができる。すなわち右各証拠によると、本件犯行現場は京都市右京区○○○○○町××番地の×先の国道×号線上であり、同道路はほぼ東西に通じる車道の幅約一五メートルで両側にそれぞれ幅約二・二メートルの歩道が設置され、中央に幅約〇・四メートルのセンターラインがひかれ、片側は二車線となつており、本件犯行現場のすこし西方には北方から本件道路に通じている幅約六メートルの道路との交差点があり、交差点の東詰には幅約四・六メートルの横断歩道が設置されてあること、本件当日は午前九時から京都府桂警察署交通係員約一〇名が本件道路においていわゆる定置式速度取締を実施しており、右横断歩道のすぐ北側の駐車場に貨物自動車を駐車し同車内に速度測定器を積載し、その付近に停止係として本件被害者である○向○太○巡査部長、○田○英巡査、○原○行巡査を配置し、同地点から一五〇メートル西方の地点に終点第二測定係、同地点からさらに一〇〇メートル西方の同区○○町××番地○○建設倉庫前付近に始点第一測定係を配置して右取締を実施していたこと、少年は同日午前九時ころから、自動二輪車(カヮサキ号七五〇CC)の後部荷台にBを同乗させて運転し、同じく自動二輪車(カワサキ号七五〇CC)の後部荷台にCを同乗させて運転するAと共に相前後して京都市内を走りまわつていたが、少年及びAはともに公安委員会から運転免許を受けておらず、かつ右各自動二輪車がいずれも他から窃取してきたものであつたところから、交通取締警察官から検挙されることを極度におそれており、これまでにも無免許運転中に交通取締警察官の検問に遭つたが高速度で運転して突破して検挙されるのを免れた経験があつたところから、互に当日もし交通取締警察官の検問に遭つた場合には高速運転を行なつてこれを突破して逃走する旨の打合せを行なつたうえ、右始点第一測定係の西方約一一七メートルの同町××番地の×所在○○喫茶店に赴き、暫時休憩の後、午前九時三五分ころ同店前をそれぞれ右のようにB、Cを同乗させて出発し、本件道路を本件犯行現場へ向けて東進したこと、当初少年の車両が先行したが、右始点第一測定係の約一メートル手前で○井の車両が加速して少年の車両を追い越し、時速八三・七キロメートルの速度で進行し、右終点第二測定係の前を通過したところ、同係から右停止係に対し同車両が速度違反車である旨の通報がなされ、通報を受けた右停止係はA車を停止させるため被害者○向○太○を先頭に○原○行、○田○英が前記交差点北側から本件道路上に駆け出し、被害者はセンターラインの北側(少年等の進行方行からみて左側)約三・三メートル、横断歩道西端から西(同手前)約二・六メートルの地点に、○原○行がその北西約一・五メートル、○田○英がさらにその北西約一・五メートルの地点に西向きになりそれぞれ警笛を吹鳴し、被害者及び○田はさらに手で停止合図をし、○原は停止旗を掲げながらA車に停止を命じたこと、A車は右終点第二測定係前を通過したところ進路前方約一一八メートルの地点付近に右のように本件被害者他二名の警察官が駆け出してきて自己に停止を命じているのを認めるやこれを突破することを決意し、約一五・五メートル進行して加速し、かつ右警察官を威嚇するため第二車線の左半分から第一車線との境目付近にかけて二回位ジグザグ運転したが、右警察官が避けようとしないのでAは被害者とその北側の○原○行との間を突破すべく進行したところ、これに危険を感じて同車との衝突を避けようとしてセンターラインの方へ駆け出した被害者の身体右側に激突させ、被害者を折から対向車道の横断歩道上付近で右折のため停止していた○川○次運転の普通乗用自動車の右側後部扉の窓ガラスに激突させたのち衝突地点から約一五メートル東方の第二車線上にはね飛ばして転倒させたこと、少年は始点第一測定係の手前でA車に追越されたので直ちに加速しA車の右斜後方約五メートル前後付近に位置して同車に追従して進行し、右A車と被害者との衝突地点の約一一四メートル手前にさしかかつたとき、A車が右のように加速するのを認めると同時に被害者らが交通取締のため進路上に駆け出してきているのを認め、A車が検問を突破しようとしていることを察知し、自分もA車に続いて検問を突破しようと考えてA車に続いて時速約一二〇キロメートルに加速し第二車線を約七四メートル進行したところA車が被害者と衝突するのを発見し、さらに被害者が右普通乗用自動車に激突したのちはね飛ばされて転倒したのをその手前約四一メートルの地点で認めたがそのまま進行し、被害者の胸部ないし腹部を轢過したこと、前記横断歩道の北側の駐車場で駐車していた前記貨物自動車内で取締に従事していた○下○巡査部長は「やられた」という声で他の三名の警察官に続いて同車両から出て被害者のそばに駆け寄り、大声で数回声をかけたが被害者の応答はなく、被害者の顔面がみるみるうちに蒼白になり不整脈を示し次第に脈膊も弱つていつたので、傍の他の警察官に救急車の手配を指示し本署へ急報するためその場を立去つたが、立去る際なお被害者はかすかながら呼吸をしていたこと、同日午前一〇時四五分ころ救急車が現場に到着し、同四八分ころ被害者を京都市右京区○○○○町所在の○○○外科病院に搬入したが、被害者は当時すでに顔面蒼白、呼吸停止、心音脈膊停止、意識喪失、瞳孔散大、対光反射がない状態であり、加療の末同一一時一五分死亡したこと、被害者は脳浮腫、左円形骨折(頭頂骨)、頭頂部左側頭部皮膚挫傷、脊髄骨折(三か所)、右全肋骨骨折、右胸腔内出血、肝破裂、左腎破裂、右腎破裂、骨盤(左右陽骨、左右恥骨)骨折、仙骨骨折、左上腕部骨折、左前腕部骨折、右前腕部骨折、右大腿部骨折、右下腿部下部骨折、骨折、全身貧血等の創傷を蒙つており、死因は頭部強打及び骨盤強打により惹起された脳浮腫及び失血によるものであること、が認められる。
以上の事実関係によつて考えると、まず少年の自動二輪車はA車に激突されて重傷を負つていたとはいえなお生存中の被害者を轢過したものであることが明白であるから少年は死者を轢過したものであるとの主張は採用できない。次に、被害者に加えられた打撃は身体の各部にわたり、その受けた傷害は身体の各所に及んでいるのであつて、そのうちのいずれがA車との直接の衝突によるものか、あるいは駐車車両に叩きつけられ路上に転倒したことによるものか、少年の轢過によるものかは明確に区別し難いが、少年の轢過した部位、轢過の際の自動二輪車の速度、重量から考えて被害者の右傷害のうち脊髄骨折、肝臓、腎臓の破裂、骨盤骨折等の重大な傷害はすくなくとも少年の自動二輪車の轢過による衝撃が作用して発生したかないしA車及び駐車車両との衝突等による衝撃に少年車の右衝撃が加わり損傷が拡大したものであるものと認めるのが相当であり、被害者は脳浮腫のほか少年の行為により発生しないし拡大した右傷害等による失血により死亡したものと認められ、少年の轢過行為と被害者の死亡との間に因果関係がないとの主張は採用できない。最後に、少年の殺意の有無につき考えるに、本件犯行現場である少年の進路は幅約七・三メートルで少年の進路の第二車線上に被害者、第一車線上に他の二名の警察官が少年の先行のA車を停止させるため進路を塞ぐようにして駆け出してきたもので、右三名の警察官双互の間隔は狭く進路がほぼ閉鎖されたような状態になつており、しかもこれら警察官はA車らを停止させる目的を有していたのであるから通常の通行人とは異りA車らの接近により同車両の近辺に立ちはだかるなど相当危険な行為に出ることが十分考えられ、したがつて被害者らの間を高速度で突破することは極めて危険であり被害者らとの衝突の可能性が大きかつたものであるのにもかかわらず少年は約一一四メートル手前で被害者らが進路に立ち塞つているのを認めながら、これを突破しようとして加速進行するA車に続き自らも同様突破するため加速して進行し、高速度で敢て被害者らに向つて突込んで行つたものであるから、少年にはすくなくとも被害者らに高速進行中の自動二輪車を接触させ同人らを死亡させるに至ることも敢て辞さない意識すなわち未必的殺意のもとに自動二輪車を加速して進行し被害者ら交通取締中の警察官の中に突入したものと認めるのが相当であり、先行のA車にはねとばされて路上に転倒させられた被害者を轢過した点でやや予期の事情とは異る事実があつたとしても右認定を左右するものではない。少年には未必的殺意がなかつたとの主張は採用することができない。
以上みたとおり、未必的故意による殺人罪の成立を認めた原決定には所論の事実誤認はない。この点に関する論旨は理由がない。
つぎに、少年に対する処分が著しく不当であるとの主張について検討するに、少年の本件非行は前記自動二輪車の無免許運転、殺人、公務執行妨害のほか、昭和四九年四月二九日から昭和五〇年四月二九日までの一年間に単独ないしA、B、Cその他の者と共謀のうえ自動二輪車等の車両二八台その他数個の物品を窃取した事犯で、車両の窃盗は他に売却等の処分をするのを目的とするものではなく、もつぱら運転することを目的とするものであり、窃取した車両の殆んどが被害者に還付されているところであるが、少年は中学一年生の終りから二年生のはじめにかけて本件と同種の単車等の窃盗を数件行ない、児童相談所の保護的措置を受け、さらに中学二年の昭和四八年一一月から一二月にかけて本件と同種単車等の窃盗を一〇回行ない、さらに中学三年の昭和四九年四月から五月にかけて本件の共犯者Aらと共謀し同種単車等の窃盗を五回行ない、これらの各非行は併せて京都家庭裁判所において同年一二月二〇日試験観察に付され、その後昭和五〇年三月二五日不処分の決定がなされながら、さらに右試験観察に付された後に本件各非行の大半の非行を敢行し、右不処分決定の翌日から本件窃盗の非行を五件及び前記無免許運転、道路交通法違反、殺人、公務執行妨害の一連の非行を敢行したものであつて、その非行親和性は顕著であるものと認められること、少年は良好な知能(新制田中B一式IQ一二三)を有しながらもその性格は端的にいうと三歳児にも比すべき幼児的な段階にとどまつており、その思考は自己中心的であり、目先の欲求の満足、新しい体験を求めて衝動的に行動する傾向が顕著で社会ないし他人に対する責任感に著しく欠けているものと認められること、その他原決定の指摘する少年の資質性格上の問題点、少年の家庭の状況、保護者の保護能力交友関係等諸般の事情から考えると、少年に対してはその性格等の矯正を在社会補導の方法によつて期待することは適当ではなく、むしろ中等少年院に収容して一定の規律の下で厳格な矯正教育を施す必要があるものと認められる。したがつて原決定は相当であり、その処分には何ら著しい不当はない。論旨は理由がない。
よつて、少年法三三条一項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 小河巖 清田賢)
参考一 付添人弁護士の抗告申立書
抗告の趣意
一、原決定は少年G・Sに殺人の非行を認定した点において重大な事実の誤認がある。
すなわち、殺人罪の不成立については原審において附添人が提出した意見書記載のとおりであり、本件全記録によるも、本件非行時点において同少年が主体であつたと認めるに足りる充分な証拠はなく、また少年の行為と被害者の死との間に因果関係を認めるに足りる証拠はない。さらに、少年に殺人の未必の故意を認めるに足りる証拠はない。これらの点を看過した原決定の非行事実の認定は重大な事実誤認といわざるをえない。
二、原決定の中等少年院送致処分は、在宅処遇の可能性を無視し少年の健全育成を却つて阻害する、著しく不当な処分である。以上